適応障害で2度休職しても復職できた理由
※本記事は、個人や企業、特定の場所が分からないよう一部事実を調整しています。
※筆者個人の体験談であり、医療的な判断をするものではありません。体調や復職の判断は、主治医・産業医・会社の担当者に相談してください。
- 適応障害で2度休職しても、社会復帰はできました
- この記事で伝えたいこと
- 適応障害で休職した当時の症状
- 1回目の休職|環境変化で限界がきた
- 無理に復職して、回復したふりをしていた
- 結婚と、少しずつ増えていったすれ違い
- 2回目の休職で、仕事も家庭も崩れた
- 体重減少・不眠・動悸が続いた
- 資産があったから考えてしまったこと
- いきなり退職しない方がいいと思った理由
- 休職中に確認したいお金と制度
- 復職できた理由は「気合い」ではなく環境を変えたこと
- 人間関係が変わるだけで働ける場合がある
- 前と同じように頑張ろうとしなくていい
- 休職中にやってよかったこと
- 復職前に確認したいチェックリスト
- 働き続けるために、お金の余白も作っておきたい
- つらいときは、ひとりで抱えない
- 今つらい人へ伝えたいこと
- まとめ|休むことは終わりではなく、立て直す時間です
- 次に読む記事
適応障害で2度休職しても、社会復帰はできました
結論からいうと、適応障害で2度休職しても、社会復帰はできました。
ただし、気合いで戻れたわけではありません。
僕の場合は、次の積み重ねで、少しずつ働ける状態に戻っていきました。
- しっかり休んだこと
- いきなり退職しなかったこと
- 職場環境を変えたこと
- 家族や会社と少しずつ話し合ったこと
- 「元通り」を目指しすぎなかったこと
当時は本当に、
「もう働けないかもしれない」
「人生が終わったかもしれない」
「社会に戻るのは無理かもしれない」
そう思っていました。
でも、今は働けています。
完璧に元気になったわけではありません。
それでも、生活を立て直すことはできました。
この記事では、僕が適応障害で2度休職し、離婚危機も経験しながら、社会復帰するまでの体験をまとめます。
この記事で伝えたいこと
この記事で一番伝えたいのは、心が限界のときに、いきなり人生の大きな決断をしなくていいということです。
もちろん、退職が必要なケースもあります。
でも、心身が弱っているときは、判断力も自信も落ちています。
その状態で、
- 退職する
- 転職する
- 離婚する
- すべてを投げ出す
といった大きな決断をすると、あとからさらに苦しくなることがあります。
まずは休む。
少し回復してから考える。
必要なら環境を変える。
この順番でよかったと、今は思っています。
心の病も、他の病と同じように再発の防止が大切です。再発しない、ゆとりある職場復帰を目指しましょう。
出典:厚生労働省「こころの耳|職場復帰のガイダンス(働く方へ)」
確認日:2026年7月10日
適応障害で休職した当時の症状

僕が最初に休職したのは、30代前半のころです。
コロナ禍の中で、大きな環境変化が重なりました。
- 新しい業務
- 新しい拠点
- 独身での単身赴任
- 慣れない人間関係
- 先の見えない不安
最初は「少し疲れているだけ」と思っていました。
でも、少しずつ体に異変が出てきました。
- 眠れない
- 食欲が落ちる
- 体重が10kg以上減る
- 動悸がする
- 理由もなく涙が出る
- 朝が来るのが怖い
- 仕事のことを考えるだけで苦しくなる
このころの僕は、完全に限界でした。
適応障害は、環境変化によるストレスが個人の順応力を越えた時に生じる情緒面および行動面の不調です。
出典:厚生労働省「こころの耳|適応障害」
確認日:2026年7月10日
1回目の休職|環境変化で限界がきた
最初の休職期間は、約3ヶ月でした。
当時は、休職すること自体に強い罪悪感がありました。
「職場に迷惑をかけている」
「自分だけ逃げている」
「社会人として失格なんじゃないか」
そんなことばかり考えていました。
でも、今振り返ると、あのとき休まなければもっと悪化していたと思います。
心と体が止まったのは、怠けではありませんでした。
限界を超えていたから、体が強制的に止めてくれたのだと思います。
無理に復職して、回復したふりをしていた

休職後、僕は元の職場に戻りました。
当時は「戻るしかない」と思っていました。
本当はまだ不安定でした。
でも、周りに迷惑をかけたくなくて、元気なふりをしていました。
同じ時期に通信制の大学にも通っていたので、
- 仕事
- 課題
- レポート
- 通院
- 生活の立て直し
すべてを抱え込んでいました。
今思えば、治ったのではなく、治ったふりをしていただけでした。
休職明けは、すぐに元通り働けるわけではありません。
一度落ちた体力や集中力は、少しずつ戻していくものです。
結婚と、少しずつ増えていったすれ違い
復職後、婚活を始めました。
そして、今の妻と出会いました。
出会ってすぐに交際し、将来のことや資産状況も正直に話しました。
同棲を経て、結婚しました。
楽しい時間もたくさんありました。
一方で、生活を共にすると、小さなズレも見えてきます。
- 生活習慣
- 家事への考え方
- お金の使い方
- 直してほしいと言われるクセ
- 自分の余裕のなさ
小さなことでも、心に余裕がないと大きく感じます。
僕は仕事のストレスを家庭に持ち込み、愚痴を吐き続けてしまいました。
それが、家庭の空気も悪くしていきました。
2回目の休職で、仕事も家庭も崩れた
2回目の休職は、仕事だけでなく家庭も限界でした。
職場では追い込まれ、家では不安定な気持ちをぶつけてしまう。
結果として、家庭内別居のような状態になり、最終的には別居に近い状態まで進みました。
当時の僕が本当に欲しかった言葉は、たぶんこれでした。
「つらかったら、辞めてもいいよ」
「無理しなくていいよ」
「いったん休もう」
でも、その言葉を受け取れないまま、どんどん追い込まれていきました。
体重減少・不眠・動悸が続いた
2回目の休職時は、体の症状もかなり強く出ました。
- 体重が20kg以上減る
- 夜中に動悸で目が覚める
- 食べられない
- 一人の夜が怖い
- 仕事にも家庭にも戻れない気がする
- 将来を考える余裕がない
心がしんどいだけでなく、体も明らかにおかしくなっていました。
「もう社会復帰は無理かもしれない」
本気でそう思っていました。
資産があったから考えてしまったこと
当時、独身時代から貯めていた資産がありました。
そのおかげで、すぐに生活が破綻する状態ではありませんでした。
でも、心が弱っていると、お金があることが逆に危うい考えにつながることもあります。
「会社を辞めて、一人で静かに生きればいいのでは」
「もう全部リセットしてもいいのでは」
そんなことも考えました。
ただ、今思うと、あのときの僕は冷静ではありませんでした。
仕事も家庭も自分の人生も、すべてをゼロか100かで考えていました。
だからこそ、すぐに退職や離婚を決めなくてよかったと思っています。
休職中のお金や制度については、別記事の30代で2回休職した僕が伝えたいこと|休職中のお金と制度の話でもまとめています。
いきなり退職しない方がいいと思った理由
僕は、心身が弱っているときにいきなり退職することは慎重に考えた方がいいと思っています。
理由は、弱っているときほど判断が極端になりやすいからです。
当時の僕は、
- 自信がない
- 面接で話せる気がしない
- 将来のイメージが持てない
- 不採用になったらさらに落ち込みそう
- 生活費の不安に耐えられない
こんな状態でした。
もしそのまま退職して転職活動をしていたら、不採用が続くたびに、さらに自己否定が強くなっていたと思います。
もちろん、職場が危険な状態なら離れることは大切です。
でも、選べるなら、
- まず休職する
- 体調を少し戻す
- お金と制度を確認する
- 復職・異動・退職・転職を考える
この順番の方が、気持ちの負担は少ないと思います。
休職中に確認したいお金と制度
休職中は、体調だけでなくお金の不安も大きくなります。
会社員の場合、条件を満たせば傷病手当金を受け取れる可能性があります。
傷病手当金とは、業務外の病気やケガで働けないときに、健康保険から支給される制度です。
協会けんぽでは、主な条件として次の内容が示されています。
| 確認すること | 内容 |
|---|---|
| 業務外の病気やケガか | 業務上・通勤災害は労災の対象 |
| 働けない状態か | 医師の意見などをもとに判断 |
| 連続3日を含み4日以上休んだか | 待期3日のあと4日目以降が対象 |
| 給与の支払いがないか | 給与が少ない場合は差額支給の場合あり |
傷病手当金は、業務外の病気やケガの療養で仕事に就けない場合など、一定の条件を満たすと支給対象になります。
出典:全国健康保険協会「傷病手当金」
確認日:2026年7月10日
制度は勤務先の健康保険や就業規則によって確認先が変わることがあります。
まずは、
- 主治医
- 会社の人事
- 加入している健康保険
- 産業医や相談窓口
に確認してみてください。
詳しくは、休職中のお金と制度をまとめた記事でも整理しています。
復職できた理由は「気合い」ではなく環境を変えたこと
僕が社会復帰できた一番大きな理由は、気合いではなく環境を変えたことです。
正直、仕事内容そのものよりも、人間関係や職場の空気が大きな負担でした。
- 上司との関係
- 職場の緊張感
- 常に気を張る空気
- 相談しにくい雰囲気
- 自分に合わない役割
こうしたものが積み重なると、心は少しずつ削られます。
逆にいうと、同じ会社でも、人が変わるだけで働ける場合があります。
僕の場合は、主治医の判断もあり、拠点を大きく変えずに職場を異動しました。
新しい現場も楽ではありませんでした。
注意されることもありました。
仕事もきつかったです。
それでも、前の環境とは違いました。
「ここでもう一度、少しずつ積み直そう」
そう思える余地がありました。
人間関係が変わるだけで働ける場合がある
休職中は、「会社そのものが無理」と感じることがあります。
僕もそうでした。
でも、振り返ると、会社全体というより、特定の環境や人間関係が合わなかった面が大きかったです。
もちろん、すべての人に異動が合うわけではありません。
ただ、退職の前に、
- 異動できないか
- 業務量を調整できないか
- 時短勤務は可能か
- 残業を減らせないか
- 産業医面談を受けられないか
- 復職支援プランを作れるか
こうした選択肢を確認する価値はあります。
職場復帰支援は、休業中、復職前の調整、復職後のフォローアップまでを含む一連のプロセスとして示されています。
出典:厚生労働省「こころの耳|職場復帰に際しての支援」
確認日:2026年7月10日
前と同じように頑張ろうとしなくていい
適応障害やうつ状態になる人は、まじめで、責任感が強くて、頑張りすぎてしまう人が多いのかもしれません。
少なくとも僕はそうでした。
「自分がやらなきゃ」
「迷惑をかけてはいけない」
「もっと頑張れば何とかなる」
そんな考え方が、いつの間にか自分を追い込んでいました。
休職して、復職するときも、最初はどこかで思っていました。
「元通りに働けるはず」
「前みたいに頭も回るはず」
「また同じように活躍できるはず」
でも、控えめにいって、元通りにはなりませんでした。
集中力も、体力も、メンタルの余裕も、前と同じではありません。
それは怠けではなく、一度限界を超えた自分の体と心が、ちゃんとブレーキを覚えたということなのかもしれません。
だから、復職後に大事なのは「前の自分に戻ること」ではなく、繰り返さない働き方に変えていくことだと思います。
たとえば、
- できないことを努力だけで埋めようとしない
- 体調が悪いサインを無視しない
- 仕事より先に、自分の睡眠や食事を守る
- しんどいときは早めに休む
- 何でも自分の責任だと思いすぎない
- 「迷惑をかけないこと」より「壊れないこと」を優先する
こういう考え方に、少しずつ変えていく必要があります。
すぐには変われません。
僕もまだ、責任感や考え方のクセで、自分を追い込んでしまうことがあります。
でも、以前と同じ頑張り方を続けたら、また同じように苦しくなると思っています。
適応障害やうつ状態は、「完全に治って、もう二度と気にしなくていい」というより、寛解して、長く付き合っていくものに近いのかもしれません。
寛解とは、症状が落ち着いて生活しやすくなっている状態のことです。
だからこそ、無理に前の自分へ戻ろうとしなくていい。
前より頑張れなくなった自分を、責めなくていい。
むしろ、少しでも自分を優先してください。
仕事よりも、評価よりも、周りの期待よりも、まず自分の体と心を守ってください。
お願いです。
壊れるまで頑張らなくていいです。
休むことは、逃げではありません。
自分を守るために必要な選択です。
僕がこのブログで大切にしている考え方は、無理しない・頑張りすぎない・比較しない|izablogで伝えたいことにもまとめています。
休職中にやってよかったこと

休職中にやってよかったことは、特別なことではありません。
むしろ、かなり地味です。
- とにかく寝る
- 起きられない日は無理をしない
- 食べられるものを食べる
- 通院を続ける
- 体調がいい日に少し歩く
- 午前中に日光を浴びる
- 川の流れをぼんやり見る
- 天気が悪い日は休む
- 外出後に寝込んでも責めない
- 何も考えず没頭できることをする
僕の場合は、ゲームも助けになりました。
楽しいというより、頭の中が静かになる時間でした。
「こんなことしていていいのかな」と思う日もありました。
でも、今思えば、それも回復に必要な時間でした。
復職前に確認したいチェックリスト

復職前は、「働けそうか」だけで判断しない方がいいと思います。
僕なら、次のようなことを確認します。
| 確認すること | 目安 |
|---|---|
| 睡眠 | 朝起きる時間が少し安定している |
| 食事 | 1日を通して少しでも食べられる |
| 外出 | 短時間の外出ができる日がある |
| 集中力 | 本・動画・家事などに少し集中できる |
| 通勤 | 通勤を想像して強い拒否反応が出すぎない |
| 職場調整 | 業務量・残業・人間関係の配慮を相談できる |
| 相談先 | 主治医・産業医・人事などにつながっている |
大事なのは、完璧に元気になることではありません。
復職後に崩れないように、少し余白を残して戻ることです。
「もう大丈夫」と思っても、焦りすぎない方がいいです。
働き続けるために、お金の余白も作っておきたい
適応障害で休職してから、僕は「お金の余白」の大切さを強く感じるようになりました。
お金がすべてではありません。
でも、休む必要があるときに、少しでも生活を守れるお金があると、選択肢が増えます。
- すぐに退職しない
- 休職して回復を優先する
- 異動や時短勤務を相談する
- 転職を焦らず考える
- 家族と話し合う時間を作る
こうした選択肢を持つためにも、家計を整えたり、生活防衛資金を作ったりすることは大切だと思っています。
僕がサイドFIREを目指している理由も、ぜいたくをしたいからではありません。
無理しすぎないため。
頑張り続ける前提にしないため。
自分の心と家族の生活を守るためです。
この考え方は、僕がサイドFIREを目指す理由|戦わない自由を手に入れるためにでも書いています。
つらいときは、ひとりで抱えない
この記事を読んでいる人の中には、今まさに限界に近い人もいるかもしれません。
もし、今すぐ自分を傷つけそうなほどつらい場合は、ひとりで耐えないでください。
#いのちSOS:電話 0120 061 338
Web相談:https://www.lifelink.or.jp/inochisos/
また、働く人のメンタルヘルス相談として、厚生労働省の「こころの耳」ではメール相談なども案内されています。
「こころの耳」では、働く方などに向けて、心身の不調や不安・悩み等に関するメール相談窓口を開設しています。
出典:厚生労働省「こころの耳」
確認日:2026年7月10日
今つらい人へ伝えたいこと
僕は、2回休職しました。
離婚危機もありました。
社会復帰できないと思った時期もありました。
自分の人生を、かなり悲観していました。
それでも、今は働けています。
だからといって、「誰でも簡単に戻れる」と言いたいわけではありません。
戻り方は人それぞれです。
同じ職場に戻る人もいます。
異動する人もいます。
退職して、別の道を選ぶ人もいます。
しばらく働かず、休む時間が必要な人もいます。
どれが正解かは、その人の状況によって違います。
ただ、ひとつだけ言えるのは、休職したから人生が終わるわけではないということです。
まとめ|休むことは終わりではなく、立て直す時間です
適応障害で休職したときは、すべてが終わったように感じました。
でも、休職は終わりではありませんでした。
僕にとっては、人生を立て直すために必要な時間でした。
この記事のまとめです。
- 適応障害で2度休職しても、社会復帰はできた
- ただし、気合いで戻ったわけではない
- 心身が弱っているときに、いきなり大きな決断をしなくていい
- 休職中はお金と制度を確認しておくと不安が減る
- 復職には、主治医・会社・家族との調整が大切
- 僕の場合は、職場環境を変えたことが大きかった
- 前と同じ頑張り方に戻ろうとしなくていい
- 休むことは、逃げではなく立て直す時間
今、同じように苦しんでいる人へ。
休んでもいいです。
逃げてもいいです。
壊れたと思っても、終わりではありません。
少しずつで大丈夫です。
まずは今日を越える。
次に、明日を越える。
その積み重ねで、戻れる場所が見えてくることもあります。
